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January 28, 2021

COVID-19 HGI データフリーズバージョン4(2020年10月)時点での解析結果

著者:Jamal Nasir, Brooke Wolford, and Kumar Veerapen (COVID-19 HGI を代表して)

編者:Emi Harry, Atanu Kumar Dutta, and Rachel Liao

日本語版翻訳者:王 青波、金井 仁弘、谷川 洋介、中西 智子

COVID-19ホストジェネティクスイニシアティブ(COVID-19 HGI)は、54カ国からの1000人以上の科学者からなるコンソーシアムで、互いに協力しながら、データやアイデアの共有、患者さんのリクルート、結果の共有を行っています。 私たちの研究デザインや2020年7月(データフリーズバージョン3)時点での結果については、最初のブログ記事をお読みください。私たちの研究はアップデートを繰り返しながら行われており、新しい結果はブログ記事やウェブサイトにて要点をまとめています。最後に、この記事に書かれている専門用語で、よくわからない単語があれば、メール (hgi-faq@icda.bio) でご連絡ください――よりわかりやすい文章にするため、ここに書かれた情報をアップデートさせていただきます。今後数週間のうちに、概念や用語を説明する追加情報を提供する予定です。それまでの間は、遺伝学の基礎をまとめた、こちらのリソース(訳注:リンク先は英語となります)をご参照ください。

COVID-19 HGI は追加サンプルの解析を通じて、COVID-19の重症化に関与する遺伝子領域を高い確度で同定しました

2020年7月、私たちはCOVID-19の重症化に関連を示すヒトゲノム上の遺伝的変異の同定し(結果はこちら)、COVID-19患者(症例)3,199人と897,488人の対照者を対象としたゲノムワイド関連解析(GWAS)の成果を報告しました(詳細については、一般向けのブログ記事をご覧ください)。その後、私たちのイニシアティブでは、16カ国からなる34の研究報告を組み合わせることで、およそ10倍となる30,000人以上のCOVID-19症例と、147万人以上の対照例を用いて解析を行いました。COVID-19 HGI に参加している研究プロジェクトのリストはこちらでご覧いただけます。データセットの内訳は図1の通りです。

Definition of cases and controls for each of the analysis conducted in our research

図1:私たちの研究でのそれぞれの解析に用いられた症例(Cases)と対照例(Controls)の定義。注:SARS-CoV-2はCOVID-19の感染の原因となるウイルスです。Dr. Andrea Gannaの学会発表 (2020年10月 米国人類遺伝学会)をもとに改変。

サンプル数を増やしたことで、解析結果にどのような変化があったのでしょうか?

私たちの現段階での解析結果は、COVID-19の重症化への関連を示す3、6、9、12、19、および21番染色体上の7つの遺伝子領域(図2)と、COVID-19への部分的易感染性 (partial susceptibility) への関連を示す第3染色体上のほかの1つの領域(図3)について、それぞれ、より確固な証拠を示しています。私たちは、これらの重要な発見は、世界中の研究プロジェクトから共同研究により集められた高品質なデータによりもたらされたものであると考えています。これらの領域の多くは、Geneetics of Mortality in Critical Care (GenOMICC) study (Pairo-Castineira et al) という研究プロジェクトによって同定されました。この研究の貢献により、COVID-19 HGI での解析に用いられるCOVID-19患者の症例数(とくに重症で入院した患者の症例数)を倍増させることができました。

新たな発見は免疫と肺機能がCOVID-19の重症化に寄与する可能性を示唆しています

最新のGWAS(訳注:2020年10月時点)は、7つの異なる染色体上の領域での有意な関連を同定し、COVID-19の重症化が免疫系の破壊に起因する可能性があるという説の根拠を強くしました。我々は、染色体領域とCOVID-19の重症患者(つまり入院患者)の関連解析を行い、その結果、有意に関連を示す領域を3、6、9、12、19、および21番染色体上に同定しました(図2)。これら染色体上の領域はそれぞれ免疫の制御や肺疾患に関与する遺伝子を含んでいます。これらの領域は、それぞれどのような意味を持つのでしょうか?

A Manhattan plot showing the GWAS results for COVID-19 Severity in 8,638 hospitalized COVID-19 cases and 1.7 million controls

図2. COVID-19の重症化に関するGWAS結果のマンハッタンプロット(COVID-19入院患者 8,638名 対 コントロール 約170万人)。この解析は、赤枠で示される独立の有意な関連を同定しました(赤の横線より上にある「ピーク」は、事前に定めたp値の統計的有意水準を超えていることを示しています)。これは我々が以前に報告した染色体3番上の関連に次ぐ報告です。各領域はそれぞれ、近傍の生物学的意義を持つ可能性のある遺伝子名でラベル付けされています。マンハッタンプロットについては、我々の最初の記事の脚注をご覧ください。

3番染色体

我々は前回2020年7月の報告を再現し、3番染色体上の遺伝的変異とCOVID-19の重症化、ならびに部分的易感染性 (partial susceptibility) との関連を同定しました(この領域は最近の他の研究でも報告されています: Ellinghaus et al, Shelton et al, Pairo-Castineira et al, および Roberts et al.)。この3番染色体上の領域は、CXCR6CCR1CCR3CCR9といったケモカインレセプターとして知られる複数の免疫関連遺伝子の近傍にあります。

6番染色体

我々は、肺がんの進行への関与が示唆されている(6番染色体上)FOXP4遺伝子近傍の遺伝的変異との関連を同定しました。なお、我々の研究でCOVID-19の重症化と関連を示した、これらの遺伝的変異は、一部の人種集団でより高い頻度を持つことがわかっています。遺伝学者は、遺伝的変異の頻度をもとに、これら変異がある形質や疾患にもたらす潜在的影響を評価します。遺伝的変異が希少であればあるほど、その変異が形質や疾患に影響を与える危険性が高くなります。今回同定されたFOXP4近傍の遺伝的変異は、ヨーロッパ人集団では希少な変異と考えられ、集団中に1%しか存在しません。しかしながら、東アジア人集団では39%、ヒスパニック/ラテンアメリカ系集団では18%と、より高頻度で存在します。したがって、我々はまだこの変異がCOVID-19の重症化にもたらす影響を理解できていません。

さらに、我々は6番染色体上の2つ目の独立した領域として、Major Histocompatibility Complex (MHC) 領域を同定しました。この領域は、免疫系に重要な働きをする複数の遺伝子を含むことが知られています。しかし、この領域が与える影響はそれぞれの研究ごとに大きく異なっており、このシグナルが特定の患者集団に特異的なものなのかまだ確信を持てていません。

9番染色体

もしかしたらニュースで、特定の血液型とCOVID-19の関連を聞いたことがあるかもしれません:A型の血液型はリスクを増大させ、O型は保護的に働くと言われています。これは、New England Journal of Medicine誌や23andMeによるプレプリントで報告されています。我々の最初のブログ記事では、COVID-19 HGIはこのABO血液型に関与する9番染色体上の領域を同定しなかったとお伝えしました。しかし、2倍のサンプル数を用いた今回の研究では、確かにこの領域に保護的な関連を観測しました。しかしながら、上記6番染色体のMHC領域における関連と同様に、この関連はそれぞれの研究ごとに大きく異なっており、このシグナルが特定の患者集団に特異的なものなのかまだ確信を持てていません。

12番染色体

12番染色体上では、我々はOAS遺伝子クラスタ近傍での関連を同定しました。これは抗ウイルス制限酵素の活性化因子をコードしており、ウイルスに対して保護的に機能します。この領域で同定された変異は、過去に慢性リンパ性白血病へ保護的に働くことが報告されています。

19番染色体

我々は19番染色体において2つの領域を同定しました。一つ目は肺線維症のリスクに関連していることで知られるDPP9遺伝子近傍にあります。DPP9タンパク質は、中東呼吸器症候群(MERS)の原因となる別のコロナウイルスのヒト細胞への侵入しやすさに影響するDPP4タンパク質と密接に関連している、という点も興味をそそられます。

19番染色体において同定された2つ目のゲノム領域はTYK2遺伝子近傍のゲノム変異を含みます。TYK2遺伝子上の変異は過去に先天性免疫不全症候群(免疫系統の刺激に対する反応機能が不全であるため、ウイルスに感染しやすくなってしまう状態)の患者において観測されています。

また、TYK2遺伝子上のよく知られる変異の一つは、その遺伝子変異を持っている場合での種々の自己免疫性疾患(例: 全身性エリテマトーデス、関節リウマチ)のリスク低下に関連しています(全てのゲノム変異が有害なわけではなく、例えばこの変異は自己免疫疾患のリスクを軽減します)。

この特定のTYK2遺伝子変異は我々の解析においても有意な関連を示していますが、COVID-19重症化リスクの増加と相関しています。TYK2遺伝子をターゲットとする既存の療法をCOVID-19の治療に利用することは可能かも知れませんが、この特定のTYK2遺伝子変異は自己免疫性疾患とCOVID-19とで逆の効果が観測される(自己免疫性疾患ではリスク低下、COVID-19ではリスク増加)ため、さらなる研究が必要と考えられます。

21番染色体

最後に、21番染色体上に見られるシグナルは、IFNAR2遺伝子とIL10RB遺伝子の近くに位置します。IFNAR2遺伝子は、ウイルスに対する免疫において重要とされるインターフェロン受容体と呼ばれる免疫関連分子のサブユニットをコードする遺伝子であるため、我々はこのシグナルをかなり興味深いものとして注目しています。COVID-19感染初期の患者に対する治療としてインターフェロンを用いる臨床試験が実行されていますが、まだ未知なことは多いです。また、興味深いことに、この領域において、COVID-19重症化と関連するゲノム変異は男性よりも女性において有意に多く観測されました。従って我々は、性別の偏りに関する検討を含め、共同研究パートナーからのサンプル収集プロセスを向上させています。

3番染色体におけるもう一つの領域と“部分的易感染性”との相関

COVID-19 HGIでは、ゲノム情報と、“部分的易感染性” (partial susceptibilty; つまり、COVID-19陽性だが、必ずしも入院はしていないこと)との関連も解析されました。そして、3番, 9番, 21番染色体において関連領域が同定されました(図3)。これらの領域の殆どはCOVID-19重症化リスクそのものの解析で得られた領域(図2)と重複していましたが、3番染色体においては、重複していない領域が発見されました。この領域は複数の遺伝子を含んでおり、どの遺伝子がこの関連の原因となっているのかはまだ明らかになっていません(図3赤枠)。

A Manhattan plot of cases versus controls showing significant associations on chromosomes 3, 9, and 21.図3. 30,197人の症例と約1,500,000人の対照群におけるCOVID-19の“部分的易感染性”のGWAS結果を示したマンハッタンプロット

この解析では、COVID-19重症例と関連のある3番、9番、21番染色体の領域に加えて、“部分的易感染性”に関しての統計的有意な関連シグナルが一つ同定されました(予め決定されたp値に対応する赤色の線より上部に存在する“ピーク”の周りを囲む赤枠で示される)。この図示の手法に関しての説明は、一回目のブログポストの脚注を参照。

今後の展望

本研究の最新結果により、重症COVID-19の発症には遺伝的素因が関わっていることがさらに明らかとなりました。ただし、GWASによって同定されたゲノム領域の中で、真の原因遺伝子の同定、分子生物学的な機序の解明を目指すにはさらなる研究を要するという事実を忘れてはなりません。

本GWAS研究によって明らかとなった重症COVID-19の発症に関わる遺伝的素因は、SARS-CoV-2感染による免疫応答に関連していることが示唆され、これは他の研究と一貫性があります。複数の研究チームが本GWAS結果を用いて追加解析を行っており、さらなる病勢進行の原因解明や臨床的知見に繋がることが期待されます。例えば3番染色体のように、複数遺伝子が存在するゲノム領域について、どの遺伝子が真の原因遺伝子なのか、この遺伝的関連によって影響を受ける組織がどれなのかについて、解明しようとしている研究もあります。(詳細はこちらのブログ記事を参照)

7月から10月にかけてのサンプル数の増加からもわかるように、我々は引き続き本研究を拡大していきます。次回は2020年12月にデータをフリーズし、サンプル数の増加に伴って、現在同定されている遺伝的変異の関連を反復実証、さらに新しい遺伝的変異の同定を目指します。症例、対照群の定義についても洗練する予定です。これらの追加解析によって、遺伝的素因がどのようにCOVID-19の重症度、(部分的)易感染性に影響するか、より理解を深められることを期待します。

謝辞

本文について有益な助言をいただいた以下の先生方に深謝を申し上げます。

Shea Andrews, Andrea Ganna

なお、本研究に貢献した全ての研究(図4、16ヵ国の34研究、30,937例のCOVID-19症例を含む)に改めて深謝申し上げます。

List of partners and a map of contributing studies

図 4: COVID-19 HGIへの貢献した研究一覧. Dr. Andrea Gannaの学会発表(2020年10月アメリカ遺伝学会)から引用。